大学時代の思い出話

最近、日本でもシェアハウスというのが流行っているそうですね。
この間、お仕事の関係で都内のシェアハウスの物件を見学しました。
みんなで使える共有部分というのがあって、テレビやソファが置いてあったり、電子レンジが並ぶキッチンがあったりして、まるでアメリカの大学の寮(よりずっときれいですが)を思い出しました。

私は大学時代、4年間寮生活をしていました。1年の時に入ったのは、アパートタイプの寮で、3つの寝室とリビング・ダイニング・キッチンとお風呂がついた部屋を4人でシェアしました。1年生の時は誰も知らないので、大学が勝手に部屋割りをするのですが、私は1学期目は2人部屋をタティアナというロシア系アメリカ人とシェアすることになりました。残りの一人部屋にはジェシカとアリエラという子がいました。

私の大学はユダヤ系の学生がとっても多かったのですが、なんと私のルームメートも私以外すべてユダヤ系でした。しかし、同じユダヤ系でもいろいろあることが、3人と生活しているうちにわかってきました。アリエラは一番オーソドックスなユダヤ人で、ちゃんと規律を守って豚肉などを食べず、食事もすべてコーシャと呼ばれる聖別したものしか口にしませんでした。聖別されていない肉などを調理した共有の鍋など絶対に使わず、いつもマイ鍋で料理していたので、気軽に同じものは食べられませんでしたが、真面目でいい子でした。

ジェシカはそんなことは全くお構いなしのパーティ・ガールで、いつ寝ているのかわからないくらい、夜の生活を満喫しつつ、勉強もなぜかしっかりしている子でした。独立心旺盛な人なのに、お母さんが典型的な「ジューイッシュ・マザー」でしょっちゅう猫なで声で電話をかけてきていました。食べ物などの差し入れもよく送ってきていたのですが、その中にお人形が入っていたりして、かなり気持ち悪かったです。当のジェシカは完全に母親をバカにしていました。

私と同室のタティアナは「私が大学に入った目的は素敵なユダヤ系の男の子を見つけること」と公言してはばからない子でした。高い月謝を払ってアイヴィーリーグの大学に来るのがそういう目的の人もいるのかとびっくりしました。彼女はその目標にまい進し、勉強より彼氏作りに専念していました。午前様でパーティーから帰ってきても、毎朝厚塗りのファウンデーションで眼の下のくまを隠し、スプレー缶一本を使っているのではないかと思うくらいの量のヘアスプレーで髪を膨らませて「ナイス・ジューイッシュ・ボーイ」がいる(と彼女が信じている)図書館に通っていました。

アメリカの大学生活は今思い出してもはちゃめちゃで、漫画のようでしたが、その時期にしか味わえない人生体験をさせてもらいました。それも、やはり寮生活という他人との密実な関係性があったからだと思います。今からは辛いですが、若いときに一度そういう体験をすることは「世の中いろんな人がいる」ということを学ぶ意味からもいいのではないかと思います。(KM)